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りん姉ちゃん

りんに沢山のお悔やみありがとうございました。

いつまでも悲しんで泣いていてもりんも喜ばないと思うので
今日、りんの事を書いてメソメソから抜け出そうと思います。

長くなりますが良かったら読んで下さい。



りんは11年前にパパぁんがこの辺りで無料で配っている紙面で見つけたわんこでした。
「生後3ヵ月の柴犬譲ります」という記事で
父に「見てきたら?」と言ったのが出会いでした。
(実家では以前に飼っていた柴犬が亡くなって数年経っていました)

父が見に行った時、ほかの子犬達はもう貰われていった後で
りんは残っている子でした。
なんだか弱々しくて「この子大丈夫かな?」って印象だったそうです。
その時、長野オリンピックが開催されていたので
オリンピックマニアのパパぁんが2文字取って「りん」と名付けました。
うちにとってはりんは長女、ぷりんが次女でみるくが三女でした。

実家に来たばかりの頃のりんは「うんともすんとも」言わず
ママは「この子吠える事が出来ないのかしら?」って心配しました。
「ワンって言ってごらん」と何度も話しかけて
ようやく一声出たので褒めると
それから元気にワンワン吠えるようになりました。

あっと言う間に大人になったりんは
甘えん坊で食いしん坊でそして立派な番犬に成長しました。

最初の頃は長いリードで庭に繋がれていたのだけど
ある日、裏の山で父が畑仕事をしていると
リードを噛みちぎって「お父さん!あたち来たよ!」って
ニコニコしながら走ってきたんだそうです。

それから父は庭の回りを全てフェンスで囲み、
りんが庭で自由に生活出来るようにしました。

りんは昼間はもちろんの事、夜の見回りも「自分の大切な仕事」と思っていました。
夜に何か見つけるとワンワン言って父を呼びました。
父が見に行くと、そのほとんどが
芋虫やトカゲやカマキリだったそうです。
そしてある日ワンワン言うりんに「今日は何ね?」と聞くと
そこにいたのはマムシでした。
(この辺りでは夏になると時々ヘビが出ます)
りんを後ろに下がらせて、父が斧でマムシの頭を切り落としたのですが
それを見たりんは「お父さんがやっつけた!」と思ったらしく
ちぎれたマムシの頭に噛みついたんです。
そしてまだ生きていたマムシに顔を噛まれてしまいました。
りんの顔は見る見る腫れ上がり、父と母は急いで夜間救急の獣医を探して
夜中の3時頃、隣の市の獣医まで連れて行きました。
体に毒は回らずにすんだものの、顔の腫れが引くのに2週間位かかったそうです。

完治したりんは何事もなかった様にその後も元気に過ごし番犬として頑張りました。
怪我以外で病院に行く事は無く、とても健康に過ごしていました。

体調に変化があったのは、私達が隣に引っ越してきた頃(半年位前)でした。
たまに足がもつれて倒れるような事があり
先生から「心臓が弱っているようなので、興奮させないように」と言われたらしく
その日からぷりんとみるくはりんと一緒に遊べなくなりました。

亡くなる3週間位前に病院に行った時は
「とにかく開けてみないと解らないので手術をしてみますか?
年齢的な事もあるし、治る保証はないし、痛いおもいさせるし、お金もかかるし、
それでもしますか?」って聞かれて
「入院させるのも可哀想だからこのまま自然にまかせよう」って事にしたんだって。

亡くなる1週間位前からはご飯もあまり食べなくなって
「いつもと違う物をあげれば食べるかも」と思い
ぷ~&みぃのご飯や焼きたてのパンを持っていったりしたんだけど
少しだけ食べて「もういらない」って感じで。

亡くなる4日前(みるくが具合悪くなった日)に母が「全然ご飯食べない」って言うから
「ぷりん達の掛かり付けの病院に連れていってみたら」とママが言うと
すぐに連れて行ったんだけど
先生からは
「今すぐ死んでもおかしくない危険な状態ですから」と
「検査の為に血液を抜くのも、栄養剤を入れる為に注射針を打つのも
それだけでショック死しかねないそんな状態なので何も手の施しようがない」と。。。
先生はりんの姿を見てすぐに危ないと解ったそうなんです。
でも寝たきりではなかったの。
昼間は庭をウロウロしておしっこもうんちも普通に出るし、日向ぼっこしてゆったりして
夜はお家の中で寝ていたの。
ただ、何も食べず、息遣いが少し荒いだけだったのに。。。

その日みるくも腸捻転で具合が悪くなった日だったので
(掛かり付けの病院は夜間は開いてないので、みるくは別の病院へ)
買ってきていたヒルズの高栄養食a/d缶を
「食べないかもしれないけど試しに少しだけあげてみて」と母に渡すと
母が「私の手までかぶり付きそうな程の勢いで食べたよ!」って言うから
(3日ぶりの食事)
父も母もパパぁんもママもすごく嬉しくて
「そんなに好きならこれからはa/d缶を食べさせよう」ってみんなで言っていて。

亡くなった日は、朝11時頃母から電話があったんだけど
「みるくの調子はどう?りんは今日はすごくご機嫌よ!
庭をあちこち歩き回るし、おしっこもうんちも出たし
朝からりんが好きなチキンスープを作ったらガブガブ飲んだよ」って。
だからまさかその30分後に「りん死んだよ」って電話があるなんて思いもしなくて。

その日はりんがお庭に出ている間、母がほとんど付きっきりで見ていて
(父は「今日はりんはすごく元気だから」って自分の病院へ行っていて)
そろそろ父が帰ってくる頃なので
お昼の準備にちょっと家に上がって、レンジをチンして庭を見たら
花壇の向こう側にりんが倒れていたんだって。
今までウロウロしていたのに死んだなんて信じられなくて何度も「りん!りん!」
って呼んで。
それでも死んでるとは思えず
その日はとてもお天気が良くて暑かったので
「こんな暑い所は可哀想、涼しい所に行こう」って抱え上げた時
首がガクって落ちて。。。
その時やっと死んだんだって解ったんだって。
ママはすぐ電話もらって行ったんだけど、
まだ温かくてほんとに死んでるなんて思えなくて…
その時には父も帰ってきていて
「早く自然に戻してあげた方が良いから」って
りんを埋葬する為に家が見渡せる裏の山に穴を掘りに行ったの。
その間ずっとりんを撫で撫でしていっぱいお話したんだけど
少しずつ硬直していくのが解って、もう涙が止まらなくなって。
りんの目は最後まで澄んでいて綺麗で、お腹は柔らかくて。
毛の感触もずっとずっと忘れないよ。
最後はあまり食べれなかったのに全然痩せなくて良かった。
ママにとってはそれが救いだよ。

父が穴掘りから帰ってくると、
新聞紙できれいに包んで
(布よりも紙の方が腐敗が進みやすくて早く土に戻れるらしくて)
父と母とママと3人で最後のお別れをして。埋葬して。
動物に荒らされないように上から石を敷き詰めてまた土や葉っぱを重ねて。
りんは半年も経てば土になり自然界へ戻ります。

山の中だけど日が差し込み平らな場所で実家もうちも見えるし
お父さんが畑仕事をしているのも見えるし
ぷりんとみるくの声も聞こえるでしょ!
りんにとっては最高の場所だよね。

りんとのお別れはあっと言う間の出来事で
いまだに死んでしまったって信じられないんです。
1ヶ月位前までワンワン言って
ママの姿を見ると「美味しいのある?」って言っていたのに。。。



りんの思い出を書いて、心の整理をして、もう泣かないって思っても
やっぱり涙が出ます。
寂しい。


コメントのお返事も訪問も遅れてごめんなさい。

頂き物もあるのですが紹介が遅れてすいません。
ランまま、隆奏さん、ヒナタロウの母さんありがとう。
もうちょっと待っててね。
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コメント

りんちゃん、すごーく賢いわんちゃんたったですね
 心臓疾患って飼い主さんがわかるような症状になったら
もうかなり進んでいるですよね、
大抵何も食べられず逝ってしまう子が多いので、
 お腹いっぱいになってから逝った事だけがとても素敵な事だよ
寂しいよね、でもいつまでも泣いていると
虹の橋に入れないので、毎日を笑って過ごす事がりんちゃんにとって一番の供養になると
以前ニカを亡くした私に友達が言ってくれた言葉です
ぷみままさんも、どうか早く笑顔を取り戻してくださいね
なんか、上手く書けなくってごめんね

りんちゃんんのご冥福祈ります

ぷみままさん。。辛いよね。。
11年間の楽しかった日々を
そう簡単に、短い時間では語り尽くせないでしょう('`)
りんちゃんは、土に還ったんですね!
山の上から、御家族みなさんの事を
いつも見守ってくれてますね☆
これからは、ぷりんちゃんとみるくちゃんが
りんちゃんのぶんも番犬として頑張ってね(^^)v
ぷみままさんも元気だしてね!!

ご冥福をお祈りします

りんちゃんお事がすごくわかったよ。
みんなからいっぱい愛されたり愛をあげたりしてりんちゃんの存在がどんなに大きかったのかがわかりますぅ。まだまだ思い出が涙になちゃうよね。
私もまだやっぱ思い出すと涙がでちゃうよ。
中々涙を拭く事は出来ないだろけど
りんちゃんのためにも元気になってね。
りんちゃんはきっと虹の橋の向こうで元気に走っているよ。キャンディとお友達になってるといいなぁ

りんちゃん

りんちゃん産まれてきてくれてありがとう
これからもお父様とお母様とぷみままサンちファミリーと一緒ですね
いつまでも見守っていてくださいね

おやすみなさい

junjunさんへ

junjunさんこんばんは。
りんにお悔やみありがとうございます。
りんはとても賢い子でした。
そしてとても優しくて甘えん坊でした。
亡くなった日も少しだけど缶詰を食べて、
チキンスープはガブガブ飲んだそうです。
最後の日まで少しでも食べる事が出来てほんとうに良かったです。
りんは人間が大好きだったから
みんなにりんの事を知ってもらって供養になると思っています。
長い文読んでくれてありがとう。
早く立ち直らなきゃね。
1週間経ったけどいまだに信じられなくて
まだ生きてる気がします。
もう虹の橋を渡っているはずなのにね。
やっぱり寂しいです。

のんちさんへ

のんちさんこんばんは。
長い文読んでくれてありがとう。
色んな思い出が次々に出てきて
「こんな事もあったあんな事もあった」って。
思い出すたび寂しいです。
ぷみままより父と母の方がずっと辛いので
励まさなければならないのにね。
りんはしばらくすれば土になって自然界へ戻ります。
りんを埋葬する時
「いつかぷりんとみるくにその日が来たら
りんの側に埋葬しよう」と思う位良いお別れでしたよ。
でもいまだにあれは夢だったんじゃないか?
ってりんが居ない事が信じられなくて…
ぷりんがりんを探すので、その姿を見るとますます悲しくなります。
のんちさんと一緒に元気にならなきゃいけないのにね。

ランままへ

ランままこんばんは。
またまた長い文読んでくれてありがとう。
りんも人間の事が大好きだったから
みんなに知ってもらって供養になるよね。
りんにとって
父は頼れる人で
母は甘えさせてくれる人
パパぁんはいっぱい撫で撫でしてお話をしてくれる人で
ママは美味しいのくれる人
だったんだ。
パパぁんは亡くなる前の数日は仕事から帰ってくると
すぐにりんに会いに行って
いっぱい撫で撫でしてお話していたから
最後に会えなかった事をとても残念がっているの。
もう虹の橋を無事に渡って美味しいのいっぱい食べて
元気に走り回ってるかな?
パパぁんに元気に走ってる姿見せてくれると良いな。
キャンディちゃんとも仲良しになってると良いな。
幸せに暮らしている事を想像してぷみままも元気にならなくちゃね。

こうめマミィさんへ

こうめマミィさんこんばんは。
長い文読んでくれてありがとう。
りんほんとに産まれてきてくれて
父と母の子供になってくれてありがとう。
父と母はりんのお陰で賑やかで楽しく退屈しない日々でした。
りんほんとにありがとう。

こんにちわぁ~

読まさせて頂きましたよ。
りんchanの最期はそんなに苦しまずにお空に帰ったようで ~(=^‥^)ノ☆ よかった~
今頃、きっと丘の上から見つめてると思いますよ。
いつも、お父さんやお母さんパパやママ。。。
そして一緒に遊んだぷりんchanとみるくchanを優しい眼差しで。。。
リンchanのお顔とっても優しいですねぇ。
写真を見てたら涙が出ちゃいました。
でも、沢山の思い出を造ってくれたんだもの。
ありがとぅぅぅo(^▽^)oですね。

りんちゃん、いつもお山の上からみんなを見守ってくれるんですね。
11年もの間一緒に暮らしたんだから、無理して泣くのを我慢しなくてもいいんですよ。
いつか、りんちゃんを思い出すと、みんなの心がふっと温かくなって、笑顔がこぼれるようになる・・・
そんな日が来るんです。それまで焦らずにね!

りんちゃん

りんちゃん、大好きなチキンスープ、うれしかったでしょうね。

オリンピックから、命名して、りんちゃんなのですね。
頼もしい、ぷ~たんたちのお姉ちゃん。
とっても賢い、りんちゃん。
ぷみままさん、思い出いっぱいあって、
涙こぼしちゃいますよね、、、
いっぱいの思い。りんちゃんに届いて、きっと、
りんちゃん、にっこりしているんだろうなぁ(〃^ー^〃)

これからも、りんちゃん、ご家族の健康と幸せを
願って、見守ってくれるのでしょうね(*´ー`*)

りんちゃん!

りんちゃん、11歳3ヶ月だったんですよね!
ヒナと同じころ生まれたはずです。
きっとヒナと同じだけ思い出が・・・
ひとつずつ思い出しても、
たくさんあるんでしょうが
でも、たった11年
あっという間のりんちゃんの一生

お父さん・お母さん・ママさん一家に愛されて
しあわせだったはず!
ぷみままさん、体を壊さないようにご自愛ください!
りんちゃんのご冥福をお祈り申し上げます。 合掌

涙いっぱいで読ませていただきました。
りんちゃん、幸せだったね。
ずっとぷみままさんご一家を見守っていてくれると思います。

最近、知り合いの家族の愛犬もなくなって、私も泣くことが多いの。
ご家族の悲嘆を思うと心が痛くて溜まりません。
私もチーズを精一杯愛したいと思います。

御冥福を御祈り申し上げます。

遅れ馳せながら御冥福を心から御祈り申し上げます。

知らずに御免なさい。りんちゃんは幸せな犬生でした。

そして健気な子でした。読んでたら涙が止まりません。

悲しいですね。最後まで明るく犬生を全うしました。

虹の橋で安らかに。      合掌。

ぴあの&みるくさんへ

ぴあの&みるくさんこんばんは。
お返事すっかり遅くなってごめんなさい。
長い文を読んで下さってありがとう。
りんはそんなに苦しまずに逝けたと思います。
少しだけど最後の日もご飯食べれたし、痩せずに良かった!
階段の踊り場の窓やトイレの窓、お風呂の窓
どこからでもりんが眠っている場所が見えるの。
朝「おはよう」って言って1日に何度もりんに話しかけてるの。
母の夢枕に出てきたんだけど「寂しい」って言ってたんだって…
やっぱりまだ逝きたくなかったんだなぁと思って…
今は虹の橋の向こうで穏やかに過ごせる事を祈ってるの。
ゆっくり心穏やかにやすんでほしいなぁ。
ぴあの&みるくさん一緒に泣いてくれてありがとう。

雛のママさんへ

雛のママさんこんばんは。
お返事遅くなってごめんね。
りんはずっとこっちを見てるよね~
ぷみままも毎日何度もりんが眠ってる場所を見てるの。
10日経って、
やっとほんとに居なくなったんだって思えるようになりました。
ぷりんがりんを探すのでその姿を見てるとやっぱり切ないです。
まだ今はりんの思い出で胸がいっぱいです。

ポップスママさんへ

ポップスママさんこんばんは!
お返事遅くなってごめんなさい。
りんは亡くなった日の朝、チキンスープをガブガブ飲んだそうです。
凄い勢いで飲むから父が
「飲むのも体力使うからその位にしとけ」って母に止める程だったそうです。
最後に大好きだったスープ飲めて嬉しかったと思います。

パパぁんとママで名前考えていたんだけど、
不思議なんだけど、ふたり共「りん」って思っていたんです。
パパぁんはオリンピックからで、
ママは呼びやすくて可愛いと思ったんです。
ぷりんもりんから2文字とって「ぷりん」なんです。
10日経ってやっとほんとに居なくなったんだって思えるようになりました。
まだまだ寂しいです。
父と母の寂しそうな背中とぷりんがりんを探す姿が
ますます寂しさを誘います…
父と母に早く元気になってほしいです。

ヒナタロウの母さんへ

ヒナタロウの母さんこんばんは。
お返事遅くなってごめんね。
名刺のお礼もちゃんとしてなくて~~~ごめーん。

りんの誕生日ははっきり知らなくて、「年末」ってしか解らないの。
もしかしたらヒナちゃんと同じBDかもしれないね。
ほんとに11年あっと言う間でした。
初めて実家に来た時、
座布団にちょこんと座っていた姿を思い出します。
1つ1つが大切な思い出。
りんはきっと幸せだったと思います。
でも先日、母の夢枕に出てきて「寂しい」って言ったそうです。
やっぱりまだ逝きたくなかったんだと思うの。
今は虹の橋の向こうでゆっくり穏やかにやすめる事を祈ってるの。
お悔やみありがとうございます。

チーズ母さんへ

チーズ母さんこんばんは。
一緒に泣いて下さってありがとうございます。
10日経って、やっと居なくなったんだと思えるようになりました。
これまでは信じられないような気持ちで過ごしていて。
お別れはほんとに寂しいですね…
父と母もとても寂しそうで…
ぷりんもいまだにりんの姿を探しています。
みんなの心が穏やかになるまでまだまだ時間がかかりそうです…

パンドラ。さんへ

パンドラ。さんこんばんは。
りんにお悔やみをありがとうございます。
一緒に泣いて下さってありがとう。
りんはきっと幸せだったと思います。
でもまだ逝きたくなかったようで
母の夢枕に出てきて「寂しい」って言ったそうです。
沢山の良い思い出を胸に安らかに眠ってくれたらと祈っています。
Secre

     
プロフィール

ぷみまま♪

Author:ぷみまま♪
長女:ぷりん♪ 次女:みるく♪
のママです☆

ぷりん♪

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みるく♪

*script by KT*
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